付けすぎない
スタッフブログ
最近のスーパー銭湯には、専用のリラックスルーム(というか空間)が設けてあることがある。
そこには、「極楽の間」とか「静寂の間」などの名前がついていることが多く、コンセプトが感じられたりする。
リクライニングチェアが縦横に整然と並んでいて、隣の書架から雑誌やマンガを自由に持ち込み一人の世界に浸れる。
そんな、いろんな人が「おひとりさま時間」を愉しむ場の照度は落としてあり、BGMは無音か、あってもそれ相応のもの。
先日いった銭湯も、湯やサウナのみならず左記のようなくつろぎの場を設けていて、私はリクライニングチェアに身を預けた。
椅子の質感もよく、照明もBGMもほぼ完ぺきに場に馴染んでいる。これはいい・・・
そう思ったのも束の間。前方のおじさんの座るほうから、音量大でTVCMが流れてきた。
よくみると、椅子ごとに専用の小型モニターが付いており、TVを見ることができるようになっている。
瞬く間に、静寂はTVの音と異様に明るいモニターに回収され、雑魚寝会場と変わらぬ場に引き戻された。
周りを見てもTVをつけるときのお願いや注意書きのようなものもない。
ここで、この場はどういうコンセプト設計でつくられたのだろうか、と思わずにはいられなかった。
椅子の質も、隣に配慮した配置間隔も、音楽も、照度もすごくいいのに、なぜモニターをつけてしまったのか。
公共の場をつくるのはむつかしい。いろいろな人が様々な目的をもって利用するわけだから、設計側で意味を一通りに
閉じることはできない。かといって、誰にも何も感じさせないものでも人は集まらない。
そんなことを考えていたのだが、我々の注文住宅とて向き合う課題は似ている。
お客様一人ひとりのくらしに向き合い、あれこれ試行錯誤を経てお客様と共有しながら進んでいくが、
住む中で「ここは失敗だったね」と思われることもあるかもしれない。
その場ではご納得頂いたことが、暮らしの中でいつ「専用モニター化」してしまうかわからない。
そんな注意深さをもって、住まいづくりにあたりたいと思っています。
